自分がアーティストになろうと思った20年ほど前、2つの野望があった。

1つは“アートで飯を食う”もう1つは“アートで世界を変えてやる”だった。

 

1つめの“アートで飯を食う”は作品を売ったり制作して稼いだ金で次の制作の分までの生活費を稼ぐこと、最近でもたまにバイトすることがあるけど、これはギリギリクリア。

2つ目の“アートで世界を変えてやる”は自分のアイデアとセンスで世の中を少しでも面白くすること。

青臭い野望だが今でも変わらずそう思っている。

ただしこれが全く道半ば。

自分が新しいことをやっていると思っていても、もっと新しいメディアや技術がどんどん出て来て逆に世の中の方が変わっていく。

自分が面白くしなくてもどんどん新しい人達が出て来て勝手に世の中を面白くしていく。

当初の目論みはアート業界でドッカンドッカン売れて世界で有名になり、その有名パワーを使ってアート以外の世の中と繋がりを作り世界を変えていく、というものだった。

それから20年、アートユニットだった淀テクも1人になり、ゴミで作るスタイルも消耗され、美術館やアートフェアなどのザ・アートな仕事もだんだん減ってバイトばかりしている時期もあった。

周りの支えもあってアート活動を続けてきたのだが、ふと振り返ってみるとここ2、3年、だんだんと仕事の角度が変わってきていることに気がついた。

 

それは「環境」「ゴミ問題」「リサイクル」といったキーワードで話をもらう機会が増え始めているということだ。

しかも現代アートとは一見何の関係もない企業や、団体から。

例えば月刊廃棄物というニッチな雑誌の表紙を4年間続けていたり、ロンドンのファッションブランド“ヴィヴィアンウエストウッド”の環境をテーマにした展覧会に参加させてもらったり、先日も沖縄にできたスターバックスコーヒー本部展の店舗内のアートディレクションのためにビーチクリーンで集めた漂流ゴミを使った子供向けワークショップとインスタレーションをやった。

他にも実現しなかった話がいくつかあるが、いずれも担当の人が僕にゴミの特別な知識や能力があるかのような扱いをしてくる。

 

「そりゃアーティストやから普通の人よりは多少手先は器用やけどそんなにゴミのこと知らんで(笑)」と思いながら話を聞くと、ゴミの拾い方、場所、作り方、ワークショップの為の下処理など、何の気なしに必要だからやっていたことが先方にとって目から鱗な情報だったりする。

 

淀川から始まり色々な場所でゴミを見てきたおかげで確かに“ゴミの能力”は身についていたようだ。

 

こうなったら環境問題から世界を変えるのもアリかもしれない。

ただ決定的に確かな事があって、それは“自分は現在の環境問題を解決するためにゴミで作品を作り始めた訳ではない” ということ。

 

仕事が沢山来るのはありがたいが自分自身は「地球のため」とか「サスティナブルな社会を目指す」ような誰目線がわからない目的で作品は作ってはいない。

 

自分が「淀テク環境論」で言いたいのは、そんなフワフワした環境問題をもう少し掘り下げてみることと、その先にあるゴミから見た世界の本当の問題を発見することだ。

次回に続く

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